【略略茶酔日記】坂間菜未乃
「略略茶酔日記」は、最古の茶書『茶経』に登場する略式の茶の章「九之略」にインスパイアされた日記企画。日常の延長線上でカジュアルに茶を楽しむ「現代の茶の略」の実例を収集するシリーズです。
7月2日
お茶を飲むとき。その日の天気と、気分と、過ごし方で飲むものが決まることが多い。茶葉を入れた袋を覗き込んで目が合ったものを選ぶこともあれば、茶器から選ぶこともある。今日は買ったばかりの新茶を飲みたい気持ちに身を任せてみる。
私の部屋には「茶ワゴン」がある。私のデスクは狭くて、仕事用のPCやらiPadやらを置くと茶器を広げるスペースがなくなってしまうので、キッチンワゴンをお茶用にして使っている。湯沸かしケトルと茶盤がちょうど収まるサイズで、茶葉や茶器を収納することもできるので、熱湯の供給も、お湯をこぼしながら熱々の茶を煎れるのも茶ワゴンの上で完結する。それをケトルのコンセントを繋いだままデスクの近くに持ってくれば、作業中でもすぐにお茶が飲めるという仕組みだ。当たり前だけど、目につくところにお茶があるとちゃんと飲みたくなるのでよい。
お湯が沸いたので、茶盤の上に並べた茶器を温めて、茶葉を入れる。緑茶だから低めの温度で煎れてみようか。茶海に一度移して冷ましてから茶壺に注ぐ。しばらくの間デスクに向かい直す。茶海が空になったら、お湯を沸かして、またお茶を煎れる。どんなに忙しなくても、作業の手を止めてお茶を煎れる数分間は、自分の中を流れる時間が少しだけゆるやかになる。そのやさしい時間に身を溶かし込んで、仕事を投げ出さないようにすることだけ気をつけている。
7月9日
打ち合わせ中でもお茶を飲みたい。今日は在宅勤務だけど、リモートで長めの打ち合わせがあるので、大きめのティーポットで紅茶を飲むことにした。茶壺や蓋椀は何度もお湯を注ぐのが手間だし、茶杯で飲めば打ち合わせの相手に酒を飲んでいると思われる可能性がある。紅茶好きの友人が煎れてくれたのを思い出しながら、普段よりも気持ち少なめの茶葉に多めのお湯を注いで、のんびり蒸らしながら少しずつ飲んでみる。冷めると少しずつ味が変わるのがおもしろい。茶杯の代わりは、友人がくれた細長湯呑がサイズも気分にもぴったりだった。茶葉も茶器も、ベストなタイミングで手に取るときが心踊る。
我ながら完璧な作戦だと思っていざzoomに参加したら、画面に映った上司が茶杯でお茶を飲んでいて、いいんかい、とツッコミをいれかけてやめた。茶杯で堂々とお茶が飲めるいい職場。
7月25日
休日。朝起きて「今日は何をしよう」と思う瞬間が好きだ。ベッドに横たわったまま天井を眺めながら思いを巡らす。時計を見たら、近所のパン屋の開店時間に間に合いそうだったので、家に引きこもっていたい気持ちを布団と一緒にはねのけて、15分で身支度をして家を出た。ここ数ヶ月で一番のスピード感。
お目当てのシナモンロールを買おうと列に並んでいると、好きな中国茶のお店の茶葉がレジ横に置いてあるのを見つけて驚いた。世界で中国茶が流行っているのか、それともただ自分が中国茶のある場所に行きがちなのか、最近よくわからなくなっている。
帰り道は、シナモンロールとお茶のことばかり考えていた。部屋に着いたら、すぐにり付きたい気持ちを抑えてトースターのスイッチを押し、お湯を沸かす。お茶はすぐに飲みたいので少量の水で沸かす。日記を書いていると、どうやらこの人は、熱々のものたちを想像して、暑さを吹き飛ばそうとしていたらしいことがわかる。部屋をエアコンで冷やしながら、新入りの蓋椀と、生プーアール茶を引っ張り出して準備しておく。熱湯を注ぐも蓋椀にまだ慣れていないので、アチ、アチ、とつぶやきながらなんとか煎れる。熱々でも爽やかさが口の中を通り抜けていくのが生プーの好きなところ。焼き上がったシナモンロールをちぎると湯気が上がる。おいしい湯気たちに包まれながら、やっと本日の一食目にありつくことができた。
朝から小さな冒険をして、お腹は満たされて、身体はポカポカ、すでに妙な充実感があるけど、まだこれから一日が始まるような心地がして不思議だ。今日は何をしよう。