茶酔旅行記 — 2023年中国【後編・武夷山】
2023年10月に行った中国旅行の記録です。
前編はこちら
茶酔旅行記 — 2023年中国【前編・杭州】
杭州から新幹線に乗って2時間。
烏龍茶の本場、福建省に来ました。
ここが今回の旅の最終目的地。
岩茶の産地、武夷山です。
市街地から武夷山が見えた瞬間、ようやくやってきたという気持ちが込み上げてくる。
そびえる岩山に今すぐ行きたい気持ちをぐっと抑え、まずは街で茶葉を買います。
ツテを辿ってとある茶葉問屋へ。
杭州の茶城での反省点も活かし、ひとつの店でゆっくりと時間をかけます。
茶葉問屋さんでは本当に試飲をたくさんさせてくれます。
5,6煎じっくり飲んで、次の茶葉へ。
感覚を研ぎ澄ませ、岩茶を真剣に味わいます。
すると、店主の方から岩茶の焙煎工程を見せてくれると提案が。
真剣さが伝わったのか...?店の前の車に案内されます。
言葉も通じない国で、さっき初めて会って茶を飲んでた人の車にホイホイと乗って大丈夫か?という不安は確かにありましたが、焙煎工程が見たいという気持ちが圧勝。
そしてなにより、茶を飲みながら、信頼が芽生えていました。
助手席に座ると、車は郊外に向かって走り出しました。
向かった先は街から少し外れたところにある倉庫群。
それぞれの倉庫には茶葉問屋の看板がかかっています。
店主のお店の看板もありました。
そこで車を降ります。
倉庫には茶を精製する様々な機械が並んでいましたが、稼働はしておらず、今は最後の工程である焙煎が行われていました。
木の扉に閉ざされた部屋が何個か並んでいて、スタッフの方が開けて見せてくれる。
するとその瞬間、とてつもない焙煎香の塊に体が包まれたのがわかりました。
香りに圧倒されていると、スタッフの方がさらに茶葉のザルを外して、下の火種を見せくれました。
真っ赤に光る炭に、きれいに白い灰を被せて温度を調整している。
なるほど、この香りは電気焙煎には出せない。
岩茶の表面のあの炭焙煎の香りは、空薫きのような繊細な方法で作られていました。
———
翌日。
いよいよ岩茶の原産地、武夷山に足を踏み入れます。
武夷山の山そのものは「風景区」と呼ばれる特別に保護された地域になっていて、市街地とは区別されています。
通常の車は入ることができず、区域内では排気のない電気バスが回遊しています。
初めての武夷山は独りで入ると決めていました。
電気バスを降り、静かな気持ちで初対面へ。
市街地からずっと見えていた巨大の岩々の中に入っていきます。
踏み入ると視界はそびえ立つ岩、岩、岩。
山というよりも崖そのもののような巨岩が次々と立ち並ぶ。
まるで「山」という漢字の中にそのまま入り込んだかのよう。
というか山という漢字はこうした水墨画のような岩が立ち並ぶ中国の風景を表して生まれたんじゃなかろうか。
そんなことを考えていると見覚えのある巨岩が視界に現れました。
「鷹嘴岩だ」
写真でしか見たことがなかったけど、一発でそれとわかる。
あの武夷山に、本当に来たんだ...
さらに歩みを進め、奥へ奥へと入っていきます。
目的地は伝説の岩茶「大紅袍」の原木を見にいくこと、のはずでした。
3時間ほど進んだとこで分かれ道が。標識には、左に行けば大紅袍、右に行けば牛欄抗とある。
牛欄抗... 大好きな岩茶「牛欄抗肉桂」の産地のことです。
とりあえず順路通りに左の道を進み、大紅袍を目指します。
さらに山をひとつ越えると段々と人混みの声が聞こえてきます。
大紅袍の原木のその場所は人でごったがえし、記念写真を撮る人、マイクで話すガイドの説明、屋台でご飯を買う人々。
完全に観光地でした。
大紅袍の原木も見られて嬉しかったですが、正直「こんなもんか...」という気持ちも。
観光あるあるです。
さっきの牛欄抗の標識が頭をよぎります。
気がつくと、引き返していました。
さっき越えてきた山をもう一度越えて分かれ道まで戻ってきて、今度は牛欄抗へと通じる右の道へ。
すると全然雰囲気が違う。
こちらは大紅袍に行かない人だけ、物好きだけの本当の茶畑が広がっていました。
茶畑の表情が全然違う。同じ植物かというぐらいに色も形も違う。
こんなきれいな茶畑があるか。まるでここからが武夷山の本編と言わんばかり。
そして茶葉からめちゃくちゃにいい香りがする。
植物からこんな香りがしたら、そら煎じて飲んでみようって思うよなあ。
その先で感じたものは、私の岩茶への印象を決定づけました。
視界を覆うのは切り立つ岩肌に刻まれた、強烈な地殻変動と氾濫の痕跡。
肌から感じる日中の反射熱、日没後の放射冷却のメリハリ。
それに突き動かされるように反応する動植物たち。
自分も例外ではない。きっと茶樹もそう。
初めて来たのに、こんなにもするすると腹落ちしたのはきっと、茶を介してずっと便りをもらっていたからなのかもしれない。
(おしまい)